【戦国】v3 今日のゲスト:北条 氏康(ほうじょう うじやす)

こんにちは、ヤナギです。
3回目の今日はこの人です。


【本日の主人公】:
北条 氏康(ほうじょう うじやす)

 

【出身・生年没年】:
相模(神奈川県) 1515-1571

 

【所属勢力】:
北条家

 

知名度】:B
(S:三国・戦国に詳しくない人でも知っている。A:少しかじったことのある人なら知っている。B:三国・戦国が好きな人なら知っている。C:三国・戦国がかなり好きな人じゃないと知らない。D:まず知らない。E:ヤナギもよく知らない。 ※筆者であるヤナギの主観による。)

 

【主人公のプロフィール・生涯】:
後北条家3代当主。
武田信玄上杉謙信今川義元などと張り合い、関東に大勢力を築いた知勇兼備の名将で、通称「相模の獅子」

北条早雲の孫で、北条氏綱(早雲の子供)の長男。
当時の関東は、まだまだ室町幕府関東公方古河公方)の力が強く押され気味であったが、河越合戦又は河越夜戦(戦国時代の3大夜襲の一つに数えられる)の勝利により、関東での主導権を握る。
関東での内政を整えた後も周りは強敵ばかりであったが、今川義元の娘を武田信玄の息子に嫁がせ、武田信玄の娘を氏康の息子に嫁がせ、氏康の娘を今川義元の息子に嫁がせる、という婚姻関係を結び、武田・今川と同盟を結ぶ。(甲相駿三国同盟

これにより西側の脅威が無くなり、北関東や上杉との戦に向かうようになる。
しかし、相手が上杉謙信という大敵だったことと北関東勢力に反北条が多かったことが重なり、一時は大連合を組まれて本拠地の小田原城を攻められるも、籠城で何とかこれを撃退する。
また、桶狭間今川義元が討死し、同盟者の一人が欠けたことを奇貨に武田が今川領へ侵攻した。これにより三国同盟が破たんして武田が敵になり、またもや本拠地の小田原城を攻められるが、籠城で何とかこれを撃退する。

晩年は脳血管障害による麻痺があって意思疎通もできなかったようで、57歳で死去した。

 

【エピソードや特筆すべき事項】:

1.内政の人

後で触れる河越夜戦もありますが、北条氏康はまずは内政の人ですね。
具体的には、

・秀吉に先駆けて領内検地を徹底的に行い、領民の税負担を明確にした。
不定期税率を廃止して、四公六民を徹底した。
徳川吉宗に先駆けて目安箱を設置。

等です。
領民の支持を取り付けて総合力で勝負という方針であるため、確かに派手さはあまりないですが、領民から慕われた名君だったようですね。
江戸時代直前に徳川家康が関東に移って領国経営を始めましたが、北条を慕っていた領民を治めるのはなかなか困難だったとか。


また、今も小田原の町に残る「総構」(城だけでなく城下町の周囲を塀で囲んだ城塞都市構造。古代の中国は大体このような城だった。)など、鉄壁の守りを誇った北条らしい城だと思います。


2.河越夜戦

桶狭間の戦い(○織田信長 vs 今川義元●)、厳島の戦い(○毛利元就 vs 陶晴賢●)と並ぶ三大夜戦の一つです。

氏康31歳のころ、状況としては、関東管領の上杉氏、古河公方の足利氏、その他反北条の関東国人衆が連合し、8万の勢力で北条氏の一族が守る河越城を包囲しました。
これに対して、氏康の軍勢は8千。まともにぶつかると勝負は見えています。

 

ここで氏康は、敵方に対して「降伏するから守備兵の命を助けてよ。」と偽の降伏を繰り返します
敵方の連合軍は、勝てる戦を放棄する必要はない、降伏してくるくらいだから楽勝だ、というムードの中これを突っぱね、あえて攻撃を仕掛けるなどの挑発を繰り返しましたが、風紀はかなり緩んでいました。

そして、ついに氏康は夜襲を決行します。
その時、氏康が家臣に対して鼓舞した話が記録に残っているようです。

「我聞く戦の道は衆といえども必ず勝たず、寡といえども必ず敗れず、ただ士心の和と不和とにあるのみ、諺にいわく、小敵といえども侮るべからず、大敵といえども恐るべからず云ふ。我上杉と数度戦に及びけれども、いつも我一人にて敵十人に当たれり、寡を以て衆に敵すること、今日に始まりしことにあらず、勝敗の決この一戦にあり。汝ら心を一にし、力をあわせ、ただ我向かふ所を視よ。」

簡単に訳すと、「戦は兵の多寡では決まらず、兵の気持ちで決まる。自分は今まで10人の敵に一人で当たってきた。お前たちも心を一つにして、私の行くところだけを見なさい。」という感じです。
つまり、総大将の自分が先頭切って10倍の敵にぶつかるから、お前たちも自分だけを見てついて来い、という決意ですね。

結果、連合軍は士気が緩んでいたところに奇襲をかけられ、1万人以上が討死して総崩れになり、河越城の守兵は城と共に救われたことになりました。

 

【ヤナギの月旦評】:


5代続く北条氏の3代目で、おそらく器量は初代早雲に次ぐくらいの人と思います。
がしかし、知名度の面では小田原駅前に騎馬像のある早雲や、秀吉の関東攻めで自害させられた息子の氏政に劣るのではないかと思われるのが残念。


というのも、氏康は守りの人だと思うので、河越夜戦は別として基本は守り勝つことを目指していたんだと思います。
そのため、番狂わせの勝利があまり無くて堅実で、目立ちにくい武将になるんでしょう。


とはいえ、内政には相当秀でたものがあり、会社経営者にとっては非常に参考になる言葉が残っています。

「主将が官吏を選ぶのは当たり前のこと。官吏も主将を選ぶものだ。
隣国と戦い、日頃、官吏を大事にせず、庶民に慈悲を掛けなければ、人は他国に去って、明主・良将を求めて仕えてしまう。
官吏を愛し、庶民を慈しむは主将の当然の務めである。 」

 

また、息子の氏政に対しても厳しかったようで、こんなことを言っています。

「家の長臣に任せきりにせず、自ら動け。
お前は富貴の家に生まれ、ぬくぬくと育ったから、世間に疎い。
功を積んでも取り上げず、労をつくしても賞さなければ、皆は恨みを抱いて、人心は離れる。
その時に戦いがあって、にわかに甘い言葉を掛けても、言うことは聞かない。
だから少しの功も忘れず、小さな働きを見捨てず、時々に褒美を与えて、励まし進ませるようにせよ。 」


確かに、なかなか考えさせられますね。

自分は個人経営者の立場もサラリーマンの立場も経験していますが、陰で頑張っても目立たたない努力であれば、上にはなかなか認めてもらえず、転職しようかなと思うものですよ。

未だに忘れませんが、自分がサラリーマンだった当時の経営者が自分含めた同年代の従業員に対し、「みんなには他社と比べて高い給料出してるんだから、それに見合うくらいのことはやれ。」と言われたことがあります。
この会社はオーナー会社ではなく、その時の社長は親会社(非同族系の上場会社)の執行役員で給料をもらう立場にいた人ですが、内心、「あんたは思い付きで色々あれやれこれやれと言うが、全部中途半端に終わっている。こっちが労力かけて仕組みを作ってやったんだから、それをちゃんと利用して利益につなげろ。俺らより高い給料出してもらってるんだからそれくらいやれよ。」と思ったものです(笑)

そして、この状態で手のひら返されても何にも響きません。
むしろ金は(そこまで)要らないので、ことあるごとに「頑張ってるね。」とか「この前の仕事なかなか良かったよ。」と言葉をかけてくれる方が、よし次も頑張ろうという気持ちになりますからね。


家臣の気持ちにフィットする名言だと思います。


惜しい点としては、天下統一を考えると周りに強敵が多すぎた、京都から遠かった、と言う点です。
北条早雲下剋上の代名詞のように言われますが、次代の氏綱以降、領土拡大の気概はあったと思いますが、天下を取ろうというところまでの考えはなかったのではないかと思います。

まあ、小田原の町は箱根も近く落ち着いたいい街だと思いますし、北条家の菩提寺のある箱根にロマンスカー小田急の特急電車)ですぐに行けるのも、氏康が城と民を守って町が発展をつづけたからかもしれませんね。

 

ちなみに、汁掛け飯の話は氏政の回で書きます。


<ゲームの中>

関東の一大勢力であるものの、西には今川や武田(将来は徳川)が控え、北西には上杉が待ち構えています。
氏康の時代であれば配下武将には有能な人材が多く、氏康は能力的に最も優秀です。
周りの弱小大名を併合しながら今川・武田・上杉のどこかと同盟を結び、西をけん制して、政宗が世に出る前の伊達を潰して東北を攻め取るのがセオリーでしょう。

ただ、守りの人だけに守備特技(総構など)は強力ですが、ゲームでは敵に攻められることはあまりないですので、いまいち使えない。(敵に攻められる状況が続くと、ジリ貧になってそのうち潰される。)
このあたりでもきらびやかさが無い地味な印象です。


家紋が、ゼルダの伝説に出て来る「トライフォース」とほぼ同じの「三つ鱗」の紋。
全国をトライフォース化できれば勝ちです。


しかし、どうしても地味ですね・・・

 


【ヤナギが思う、主人公に似たタイプや似た人】:

 

いわゆる、バイプレーヤー俳優ですね。
何人か思い当たりますが、イメージとしては、「色々な映画やドラマに出ている脇役だけど、その役はストーリー上重要で、その人の代わりはできない演技をする名優」です。

戦国時代は確かに、信長や秀吉みたいな派手な活躍をする人がいましたが、それだけでは成立しません。地味にコツコツやるけれど、河越夜戦などでスパイスを加えるような味のある人物も必要です。

氏康は確かに天下人にはなれなかったかもしれませんが、天下人に匹敵する名ライバルにはなれたと思います。


しかし、やっぱり地味ですねぇ・・・

 


今日はこのあたりで失礼します。

 柳 ショーゴ